2026年、スクウェア・エニックス40周年関連発表。多くのファン、そして投資家が期待していたのは、ドラゴンクエストXII の発売日、あるいは大型PVだった。
しかし実際に飛び出したのは、「現在、作り直しを進めております」という衝撃発表だった。
市場は即反応した。Square Enixの株価は発表直後から大きく下落。SNSでも「株価が”いてつくはどう”を食らってる」「ドラクエショック」「これはメラゾーマではなく暴落呪文」など、投資系アカウントまで巻き込む騒ぎとなった。
ただ一方で、この一連の流れを見ながら、妙に落ち着いている層もいた。ドラクエ7の”延期また延期”をリアルタイムで経験した、ドラクエベテラン勢である。
【2026年5月27日 最新情報】
ドラゴンクエストの日(5月27日)に行われた公式配信にて、新情報が発表された。タイトルは「ドラゴンクエストXII 夢の彼方へ」に変更。当初「ダークな大人向け」とされていた方向性も見直され、「明るくワクワクするような世界」になると公式が発表。ゲーム映像も初公開された。エグゼクティブプロデューサーは齊藤陽介氏が務めることも明らかになっている。
「今年の夏休みはドラクエだ!」の時代
しかし当時のドラクエ発売は、単なるゲーム発売ではなかった。「今年の夏休みはドラクエ三昧だ!」そんな空気が本当にあった時代である。
「ドラクエ7が出るからプレイステーションを買ってもらった」あるいは「お年玉を貯めて、足りない分は前借りして思い切って買った」という当時の中学生・高校生(現在40〜50代)も珍しくない。だからこそ、「ドラクエが出る」が、ハード購入の最大理由になる時代だったのである。そして、その状態で延期。「え?まだ出ないの?」という空気が、数年単位で続いていた。
ドラクエ7は、どれほど延期したのか
ドラゴンクエストVII エデンの戦士たちは、1997年にPlayStation向けとして発表された。当初は1998年末発売予定。しかし、その後は延期が続く。
- 1998年発売予定
- 1999年へ延期
- 1999年12月29日発売予定と発表
- 再延期
- 2000年5月へ延期
- さらに延期
そして最終的に発売されたのは、2000年8月26日だった。延期情報はゲーム誌や店頭告知で静かに知らされ、ユーザーは「まだか…」と待ち続けるしかなかった。そのため、当時を知るドラクエベテラン勢からすると、今回のドラクエ12の「作り直し」も、「まぁ、ドラクエだしな…」という、ある意味”いつも通り”の感覚だったりする。
その間、FF7が「時代」を変えていた
さらに面白いのが、その延期期間中にファイナルファンタジーVIIが発売されたことである。当時のゲーム少年たちは、ここで初めて「PlayStation、ヤバいぞ…」という衝撃を受ける。3D空間。ムービー演出。ミッドガルの世界観。「ゲームってここまで進化するのか」という体験だった。結果として「まぁ…プレステ代はFF7で元取れたか…」と妙に納得した人も多い。なお、これを”最近の記憶”として語り始める人は、大体40代である。
そして発売されたドラクエ7。評価は賛否が分かれた
長い延期を経て発売されたドラクエ7。もちろん名作という声も多い。だが一方で、「想像していたドラクエと違った」という感想も少なくなかった。
ドラクエ7は、各地域ごとの問題を解決していく”短編連作型”に近い構成だった。当時のRPGは「長い一本のストーリーを追いかける」「主人公や仲間と共に人生を旅する」そうした”長編冒険型”が主流だった。そのためプレイヤーも大きな物語を期待していた。
現在ではオープンワールド・サブクエ重視・自由度重視といった文化は一般化している。だが当時としては、そのスタイル自体がまだ馴染み薄だった。そう考えると、ドラクエ7は”時代を先取りしすぎたRPG”だったのかもしれない。
「時間をかけた作品ほど危ない問題」
創作物には昔から、「時間をかけた作品ほど期待値が膨らみすぎる」という問題がある。特にドラクエは厄介だ。ユーザーが待っているのは、単なる新作ゲームではない。子供時代。夏休み。友人との会話。攻略本。親に怒られながら夜更かしした夜。そうした“人生の記憶”ごと期待されている。
つまり制作側は、「新作ゲームを作る」のではなく、「日本人の思い出そのもの」と戦わされているのである。
今回のドラクエ12、「方向性迷子」説
今回、エグゼクティブプロデューサーとして齊藤陽介氏が関わっていることが明らかになった。ドラクエ10の名物プロデューサーとして「出たがりおじさん」の愛称でファンに親しまれてきた人物だ。
そして当初「ダークな大人向け」とされていた方向性が、今回の発表で「明るくワクワクするような世界」へと転換されたことも公式から発表された。
あくまで筆者の想像だが、開発の途中でこんな会議があったのではないかと。
「ダーク路線で行こう!」→「重厚感を強く!」→「選択と犠牲!」→「鬱展開!」→数年後。「……なんか違わない?」→「これ、FFっぽくない?」→「ドラクエの”安心感”消えてない?」
そんな流れが、本当にあったのではないかと。
ドラクエに求められているのは「安心して帰ってこられる世界」
ファイナルファンタジーは、重苦しい世界観やビターエンドとも相性が良い。しかしドラクエは少し違う。怖い場所はある。悲しい話もある。だが最後には、「ちゃんと帰ってこられる」感覚がある。
鳥山明デザインも含め、ドラクエには独特の”温度”が存在する。だからこそ、制作側も途中で「これはドラクエじゃない」と立ち止まった可能性は十分にある。そしてもし本当にそうなら、今回の「明るい方向への転換」は、むしろ安心材料かもしれない。
延期も、作り直しも、全部「ドラクエ」
結局のところ、ファンは完成品だけを楽しんでいるわけではない。延期。炎上。考察。不安。期待。株価急落。それら全部を含めて、ドラクエ発売前の”祭り”なのである。
「待たせすぎた名作」になるのか。それとも、「期待値が高すぎた問題作」と語られるのか。恐らく発売直後は、今回と同じように賛否で大きく揺れるだろう。だが、ドラクエシリーズは昔からそうだった。
そしていつか、今回の騒動も、「ドラクエ12、延期長かったよな」「結局かなり待たされたな」と、笑いながら振り返る”思い出話”になっていく。その頃にはきっと、また次のドラクエ新作が発表され、「今度こそ早く出るよな?」と、同じ会話が繰り返されている。
ドラクエはいつだって、待つ時間も含めて”旅”なのだ。
そして、ドラクエは伝説へ。
