―米国もイランも国連海洋法条約を批准していないという盲点
イランがホルムズ海峡を封鎖する可能性がある。そんなニュースが出るたびに、よく聞く言葉がある。
「それは国際法違反だ」
確かに、世界のエネルギー輸送に大きな影響を与えるホルムズ海峡を一方的に閉鎖すれば、国際社会から強い批判を受けるのは当然だ。日本にとっても他人事ではない。中東からの原油やLNG輸送に影響が出れば、燃料価格、電気代、物流コストにも跳ね返る。
では、イランがホルムズ海峡を閉鎖した場合、それは本当に「国際法違反」と言い切れるのだろうか。ここには、意外と知られていない盲点がある。
問題になるのはペルシャ湾ではなくホルムズ海峡
まず整理しておきたいのは、よく言われる「ペルシャ湾の封鎖」ではなく、実際に問題になるのはホルムズ海峡である。
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾と外海をつなぐ非常に狭い海峡だ。イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、UAE、カタールなど、湾岸地域のエネルギー輸送にとって重要な通り道になっている。
ここを通れなくなれば、影響はアメリカやイスラエルだけにとどまらない。日本、中国、インド、欧州、湾岸諸国。世界中の商船、タンカー、LNG船が影響を受ける。だからこそ、ホルムズ海峡の閉鎖は、単なる地域紛争ではなく、国際経済全体を揺さぶる問題になる。
国連海洋法条約では「通過通航権」がある
海のルールを定める代表的な条約に、国連海洋法条約がある。この条約では、国際航行に使われる海峡について、船舶や航空機の「通過通航権」が認められている。
簡単に言えば、国際的に使われている重要な海峡については、沿岸国であっても勝手に通航を妨げてはいけない、という考え方である。
このルールだけを素直に読めば、ホルムズ海峡を一方的に閉鎖する行為は、かなり問題がある。実際、多くの国は、ホルムズ海峡のような国際海峡について、自由な通航が確保されるべきだと考えている。しかし、ここで話は少しややこしくなる。
アメリカもイランも批准していない
意外なことに、アメリカもイランも国連海洋法条約を批准していない。
イランは署名はしている。しかし、批准はしていない。アメリカも同じく、国連海洋法条約を批准していない。
つまり、単純に「国連海洋法条約に違反しているから、海峡を開けろ」と迫っても、イラン側は「自分たちはその条約に拘束されていない」と反論する余地がある。ここが、ホルムズ海峡問題の大きな盲点である。
もちろん、多くの国や専門家は、国連海洋法条約に書かれている航行の自由や国際海峡の通航ルールは、すでに慣習国際法になっていると考えている。慣習国際法とは、条約に加盟しているかどうかにかかわらず、国際社会の一般的なルールとして認められている法のことだ。しかし、イランはそこを認めない可能性が高い。
「違法だ」と言っても、相手が認めるとは限らない
国際法の難しさはここにある。国内法であれば、裁判所や警察があり、違法行為には強制力が働く。しかし国際法では、相手国がそのルールの適用を認めない場合、すぐに強制できるわけではない。
アメリカは、航行の自由を主張する。イランは、自国の安全保障と沿岸国としての権限を主張する。どちらも国際法を語る。だが、見ているルールと重視する部分が違う。
そのため、「国連海洋法条約違反だから開けろ」という主張だけでは、イランを動かす決定打にはなりにくい。これが、ホルムズ海峡をめぐる法的な面倒さである。
ただし、武力で止めれば話は変わる
では、イランはホルムズ海峡を自由に閉鎖できるのか。もちろん、そんなことはない。
国連海洋法条約の論点では争いがあったとしても、武力を使って海峡を止めれば、話は別の段階に移る。
- 軍艦でタンカーを止める
- 機雷を撒く
- 民間船を攻撃する
- 軍事力で第三国の船舶通航を妨げる
こうなれば、問題は海洋法だけでは済まない。今度は、国連憲章上の「武力による威嚇」や「武力行使」の問題になる。イランもアメリカも国連加盟国である。国連海洋法条約については批准していないという論点があっても、国連憲章上の武力行使禁止のルールから逃れることはできない。
自衛権で正当化できるのか
イランがアメリカやイスラエルから攻撃を受けた場合、イランは自衛権を主張する可能性がある。しかし、自衛権を出せば何でも許されるわけではない。自衛権には、一般的に必要性と比例性が求められる。
ホルムズ海峡を全面的に閉鎖して、日本、中国、インド、欧州、湾岸諸国など、無関係の第三国の商船まで巻き込むとなると、それは敵対国への防衛措置というより、国際社会全体を人質に取るような圧力に近くなる。この場合、自衛権として正当化するのはかなり難しい。
「海洋法」より「国連憲章」の問題になる
つまり、ホルムズ海峡の閉鎖は、二段階で考える必要がある。
- 海洋法上の問題:国連海洋法条約には通過通航権があるが、イランもアメリカも批准していないため法的争点が残る
- 国連憲章上の問題:武力で船を止めた瞬間、武力による威嚇・武力行使・自衛権の限界が問われる
「国連海洋法条約違反かどうか」は争える。しかし、武力を使った瞬間に、イラン側の立場はかなり苦しくなる。
アメリカも同じ構造の中にいる
この話で忘れてはいけないのは、アメリカも国連海洋法条約を批准していないという点だ。アメリカは長年、航行の自由を強く主張し、世界中の海で自由航行作戦を行っている。しかし、そのアメリカ自身も国連海洋法条約の締約国ではない。
イランから見れば、こう言う余地がある。「アメリカも批准していない条約を、なぜこちらに押しつけるのか」
アメリカもイランも、同じ条約を批准していない。それでもアメリカは航行の自由を主張し、イランは沿岸国としての管理権を主張する。どちらも都合のいい部分を国際法として語る。だからこそ、ホルムズ海峡問題は、単純な善悪では片づけにくい。
結局、ホルムズ海峡封鎖は違法なのか
結論としては、こう整理するのが一番正確だ。
ホルムズ海峡の閉鎖は、国連海洋法条約上はかなり問題がある。しかし、イランもアメリカも国連海洋法条約を批准していないため、「条約違反だから即アウト」と単純に言い切るのは難しい。
一方で、実際に武力で船舶を止める、攻撃する、機雷を撒く、第三国の商船まで巻き込むとなれば、問題は海洋法から国連憲章へ移る。そこでは、武力による威嚇や武力行使、自衛権の限界が問われる。
本当に問われるべきは、条約を批准しているかどうかだけではない。
国際社会全体の交通路を、一国が武力で止めることを許していいのか。ホルムズ海峡の問題は、海洋法の隙間と、国連憲章の限界が同時に見える場所なのである。
