2015年、インドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道計画をめぐり、日本と中国が激しく競り合った。当初、この計画は日本が有力と見られていた。日本は長年にわたり調査を重ね、新幹線方式の導入を提案していた。しかし最後に選ばれたのは中国だった。
理由は分かりやすい。中国側は「インドネシア政府の予算を使わない」「政府保証も求めない」という、耳触りの良い条件を提示した。財政負担を増やしたくないジョコ政権にとって、この提案は非常に魅力的だった。
だが、インフラにおいて「安い」は必ずしも「得」ではない。
東南アジア初の高速鉄道「Whoosh」の現実
中国主導で建設された高速鉄道「Whoosh」は、2023年に開業した。最高速度は時速350km。ジャカルタとバンドンを短時間で結ぶ、東南アジア初の高速鉄道である。
しかし、その裏側では深刻な問題が重なっている。
- 当初2019年開業予定 → 2023年まで4年以上の遅延
- 建設費が当初計画から大幅に膨張
- 利用者数は当初見込みを下回る
- 借入金の返済負担が重くのしかかる
ここで単純に「だから中国はダメで、日本なら成功した」と言い切るのは早い。問題は中国だけではない。
そもそもジャカルタ―バンドン間は高速鉄道に向いていたのか
約140kmという距離は、高速鉄道が速さの価値を発揮するにはやや短い。加えて、バンドン市街地へ直接入るわけではなく、途中でフィーダー列車への乗り換えが必要になる。駅に着いた後の移動が面倒であれば、時速350kmの価値は一気に薄れる。
高速鉄道は、車両だけでは成立しない。
駅前に人が集まる都市構造があり、在来線や地下鉄と接続し、乗客が目的地まで自然に流れる仕組みがあって初めて機能する。日本の新幹線が強いのは、車両が優れているからだけではない。駅、ダイヤ、保守、運行管理、在来線接続、駅前開発まで含めた「鉄道を使う社会」があるからだ。
台湾新幹線が示した「成功の条件」
台湾高速鉄道も、最初から順風満帆だったわけではない。開業後は需要予測を下回り、財務面で苦境に陥った。しかし台湾は財務スキームを見直し、政府関与を強め、事業期間を延長した。その後、利用者数は伸び、現在では高い定時運行率を維持する重要インフラとなっている。
台湾で機能した理由は、単に日本の車両技術を入れたからではない。台湾西部の都市軸、台北・台中・高雄を結ぶ人口集積、駅周辺の交通接続、そして現地で運行・保守できる人材育成があったからだ。
新幹線輸出の本質は「車両を売ること」ではない。現地に運営できる仕組みを残せるかどうかである。
日本は本当に「負けた」のか
この視点で見ると、日本がインドネシア高速鉄道を受注できなかったことは、必ずしも単純な敗北ではない。仮に日本が受注していたとしても、短い距離、都市接続の弱さ、需要予測の甘さ、用地買収の難航という問題からは逃れられなかった可能性がある。
一方、中国はこの案件を取ったことで、東南アジア初の高速鉄道という看板を得た。これは一帯一路にとって大きな宣伝材料だった。しかし、その看板の裏でインドネシア側には債務と運営負担が残った。安く見えた提案は、最終的に高くつく可能性を抱えていた。
アメリカでも同じ問題が起きている
アメリカでも日本の新幹線技術を使う高速鉄道計画は存在する。ダラス―ヒューストン間を結ぶ構想では、日本のN700系新幹線技術をベースにした計画が進められてきた。
ただし、アメリカは日本とは都市の作りが違う。車移動を前提に発展した都市では、駅に到着した後の移動が課題になる。新幹線は速い乗り物ではあるが、速いだけでは勝てない。勝つためには、駅に人が集まる理由が必要だ。
インフラの本質――作ることより使い続けること
インドネシア高速鉄道の問題は、中国か日本かという単純な比較だけでは見えてこない。本質は、その国が高速鉄道を使いこなせる都市構造を持っているかどうかである。
日本の新幹線が成功したのは、日本が新幹線に向いていたからでもある。高い人口密度、都市間移動の需要、鉄道中心の生活、駅前に集まる商業施設。これらがすべて揃っていた。
インドネシア高速鉄道が示したのは、安い提案に飛びつく危うさだけではない。
インフラとは、作ることよりも使い続けることの方が難しいという現実である。
📝 編集長メモ
高速鉄道の価値は、車両の速さではなく、駅に人が集まり続ける仕組みにある。日本の新幹線が強いのは技術だけではなく、鉄道を中心に都市が回る社会構造があるからだ。インドネシアの失敗は中国だけの問題ではなく、高速鉄道に向かない場所へ高速鉄道を入れる難しさを示している。インフラとは、作ることよりも使い続けることの方が難しい。
💰 編集長の儲け話
私なら導入コストの安さより、運用まで含めて最後まで面倒を見るインフラ企業に賭ける。具体的には日本の総合建設・インフラ輸出関連株だ。安い提案で受注しても、後から追加費用が膨らむのはインフラの常。きちんとした見積もりと保守体制を持つ企業が長期的に生き残る。川崎重工・日立・東芝インフラ系は、海外インフラ受注が増えるほど恩恵を受ける。インフラも人生も、本当に高くつくのは買った後だ。
※本コーナーは編集長個人の見解です。投資等の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。
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