ブラック企業がメディアやSNSで大きく取り上げられるようになって久しい。令和8年となった現在も、長時間労働やパワーハラスメントに関する話題は後を絶たない。
厚生労働省の調査でも、職場における相談内容としてパワハラは依然として上位を占めており、多くの企業が防止措置や研修の実施を進めている。
一方で、現場からはこんな声も聞こえてくる。
「パワハラはなくなったのではなく、見えなくなっただけではないか」
実際、かつてのように人前で怒鳴る、物を投げる、頭を叩くといった行為は大幅に減少した。しかし、それはパワハラが消滅したことを意味するのだろうか。
「みんな同じ」が求められた時代
高度経済成長期からバブル期にかけての日本社会では、大量生産・大量消費が経済成長の原動力だった。企業にとって重要だったのは、組織全体が同じ方向を向き、効率よく成果を出すことである。
そのため、個性よりも協調性が重視され、「みんな同じ」であることが良しとされた。厳しい叱責に耐え、長時間働き、結果を出すことが評価につながる時代だったのである。
現在50代以上の管理職層の多くは、こうした価値観の中で社会人として育ってきた。
消えたのはパワハラか、それとも表現方法か
「昔は灰皿が飛んできた」——そう語るのは、30年以上のサラリーマン経験を持つある商社勤務の男性だ。
現在では、物を投げる、人前で怒鳴る、頭を叩くといった行為は明確なハラスメントとして認識される。企業もコンプライアンスを重視し、表立った行為は減少した。
しかしその一方で、「幹部だけの会議になると雰囲気は昔と変わらない」という声も少なくない。
表現方法は変わっても、強い圧力によって人を動かそうとする考え方そのものは残り続けているという指摘だ。繁忙期やトラブル発生時など、余裕がなくなった瞬間に本来の価値観が表面化するケースもある。
その意味では、パワハラがなくなったというより、社会的な監視の中で姿を変えているだけなのかもしれない。
「成功体験」が価値観を変えられない理由
パワハラがなくならない背景には、世代間の価値観の違いだけでは説明できない問題がある。それは成功体験だ。
- 厳しく指導された結果として成果を出した
- 強く叱責されたことで成長した
- 上司からの圧力に耐えたことで出世できた
そうした経験を持つ人にとっては、自分が受けてきた方法を否定することは、自分自身の人生を否定することにもつながる。そのため「自分はこれで育った」「これで結果が出た」という考え方から抜け出せないケースがある。
若い世代から見れば単なるパワハラに映る行為も、本人にとっては指導や教育の延長線上にあるのである。
若い世代が管理職を敬遠する理由
一方で、若い世代の価値観は大きく変化している。出世による肩書きや権限よりも、自由な時間やワークライフバランスを重視する傾向が強まった。
- 管理職になれば責任は増える
- 部下の指導もしなければならない
- しかし、給与差は以前ほど大きくない
その結果、「管理職にはなりたくない」と考える人も増えている。中には、管理職候補と評価されながらも、その役割を避けるために転職を選ぶケースもあるという。企業側にとっては、次世代リーダーの育成が新たな課題となりつつある。
求められるのは新しいマネジメント
これからの管理職に求められるのは、大きな声や圧力によって人を動かす力ではない。相手の価値観を理解し、納得感を持って行動してもらう力だ。
しかし、それには明確な正解がない。かつてのような前例も少なく、多くの管理職が試行錯誤を続けている。だからこそ、職場の中で新旧の価値観が衝突し続けているのである。
- 「もっと厳しくしろ」「俺がやってやろうか」← 昔ながらの価値観
- 「それでは人はついてこない」← 新しい価値観
パワハラがなくならない理由は、制度やルールが不十分だからではない。それぞれの世代が信じてきた成功体験が、今なお職場の中に残り続けているからだ。
パワハラ時代は終わりを迎えつつある。しかし、その価値観の亡霊は、まだ完全には消えていない。
■ 編集長考察
パワハラが「見えなくなった」という現象は、制度の成熟よりも監視社会への適応に近い。本質的な問題は、強圧的なマネジメントで結果を出してきた世代が「自分は間違っていない」と確信していることだ。ルールで縛っても、価値観は変わらない。職場の空気が変わるのは、その世代が完全にリタイアしてからかもしれない。
■ 3年後予測
2029年には団塊ジュニア世代が管理職の主流となり、パワハラの件数は表面上さらに減少するだろう。しかし代わりに「無言の圧力」「評価による支配」といった見えにくいハラスメントが増加すると見ている。企業の課題は、罰則の強化ではなく、管理職が孤立しないための支援体制の構築に移っていく。
桜坂武志
DNN NEWS24 編集長
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